「自分の代わりがいること」の幸せについて考える

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こんばんは。

普段の生活の中で、ふとしたときに思い出す言葉があります。

おかざき真里先生の漫画「サプリ」の中のワンシーン。

正確な表現は忘れてしまったのですが、

会社のかっこいいお姉さまが、自分の人生と会社での役割を迷う主人公に助言します。

「自分ひとりいなくても会社は回る」 「自分の代わりはいくらでもいる」

「サラリーマンというのは、死なないためのシステムなんだ」

この言葉を読んだとき、とっても新鮮で、衝撃的だったことを覚えています。

よく「お前の代わりなんて、いくらでもいるんだぞ!」というセリフは、誰かを強く叱責する、どちらかといえば、パワハラ的なシーンで用いられるイメージがあると思います。

それは「お前はこの場に必要ない」という否定的なメッセージを含んだ意味合いとして使われることが多いのだと思います。

人が働くとき…働く場所だけではなく、いろんな場面で、「自分の役割がほしい」「自分の居場所がほしい」といった“所属の要求”は誰にでもあるものです。

それを脅かす言葉をして「お前の代わりはいくらでもいる=お前の居場所はない」という言葉が用いられるイメージが多いかもしれません。

でも、本当にそうでしょうか。

少しずつ、時代とともに働き方が変わってきました。

だからかもしれませんが、会社と個人の距離感は、少しずつ変わってきています。

もちろん、「目の前の仕事に真摯に取り組む」ということは、いつの時代、どのような仕事でも共通して大切なことだと思います。

でも、仕事以外にもいろんなことがある、人生です。

調子が悪いとき。

自分にとって、今優先しないと後悔する、なにかがあるとき。

そういったときに「自分がやらないといけないから」と、自分の心を押し殺して仕事に取り組む…というのは、会社にとっても、自分自身にとっても、「健康的なこと」と言えるでしょうか。

もちろん、事前に調整できる仕事であれば「責任」をもって調整等の対処をする…ということが望ましいことです。

そういったこととはまた別次元で、

「働きながら、自分を大切にする」ということを考えたとき、

「自分の代わりはいくらでもいる」というのは大切な視点のように思います。

そしてそれは「自分がいなくても大丈夫」という

「会社や一緒に働く人たちに対する信頼」でもあるのではないでしょうか。

もちろん、「これは自分にしかできない重要な仕事なんだ」「この場所には自分の役割があるんだ」と思えるものが会社の中にあることは、仕事をする上で気持ちの張り合いになりますし、人生を豊かにすることだと思います。

そして、そこに信頼できる、理解しあえる、切磋琢磨しあえる…そんな仲間がいたら、それはとても幸せなことです。

自分の人生の豊かさを考えたとき、「自分の代わりがいる」ということを、ポジティブな意味で捉えられたら、不思議とまた仕事を頑張れるような気がしますね。

なんだか、またおかざき真里先生の漫画が読みたくなってきました。

「大切なことを教えてくれた!」という本や漫画との出会いは大切にしたいですね。

iyoku.

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